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10th September 2024

Ask the World's Leading Authority on Cancer Gene Therapy

がん遺伝子治療の世界的権威に聞く
私たちが知っておくべき「遺伝子の異常」が起こるメカニズム

Special Guest:NAKAMURA YUSUKE

スペシャルゲスト:中村 祐輔さま /国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長 東京大学名誉教授、シカゴ大学名誉教授


ー 本日お話を伺いますのは、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所、中村 祐輔先生です。先生は遺伝医学、ゲノム医学、特にがんという恐ろしい病気に光を当てる研究をされてこられた世界的権威です。先生は1981年頃から研究をスタートされたそうですが、当時はほとんど先生お一人しか研究されていなかったのではないでしょうか。

そうですね。人の病気に関係する遺伝子の研究を始めたのは、私がかなり最初の方だったと思います。当時私は外科医をしていて、患者さんを通していろいろな疑問を持ちました。例えば、なぜがんができるのか、年齢とがんの発生率の関係、若い人のがん、抗がん剤の効果の個人差、副作用の厳しさなどです。特に印象に残っているのは、27歳の女性患者さんと、幼い子どもを持つ若い大腸がん患者さんのケースです。当時はがんと告げることができず、患者さんとの間に苦しい関係がありました。これらの経験から、若い人のがんに関心を持ち、遺伝するがんの研究を始めるためにアメリカに留学しました。

最初は外科医として戻るつもりでしたが、研究を進めるうちに世界に貢献できる結果が出始めました。手術で治せる人数には限りがありますが、根源的なところを解明すればもっと多くの人に貢献できると考え、研究者の道を選びました。

ー 最近「がん消滅」というセンセーショナルな著書も出版されました。この背景にある研究内容や、ゲノム、DNAといった言葉の定義について教えていただけますか?

まず、ゲノムについて説明しましょう。ゲノムとは、卵子と精子が結合して受精卵になる際に、親から伝わる遺伝情報の1セットのことです。これには我々の姿形や性質、病気のかかりやすさなどすべての情報が含まれています。ゲノムの本体はDNAで、30億個の塩基がつながったものです。年を重ねるにつれて、生活習慣や環境要因によってDNAに傷がつき、それが重なると細胞が暴走し始めます。これががんの原因の一つです。

がん以外の病気、例えば自己免疫疾患や糖尿病なども、遺伝子の異常や変化が関係しています。これらの知見をもとに、私は30年ほど前から「オーダーメイド医療」という概念を提唱してきました。

ー オーダーメイド医療とはどのようなものですか?

同じ病名でも、個人によって原因や症状が異なることがあります。オーダーメイド医療は、個人の遺伝子の違いをもとに、その人に最も適した治療法を提供する医療のあり方です。最近では「個別化医療」や「プレシジョン医療」という言葉も使われています。オバマ大統領が「プレシジョン医療」という言葉を使い始めてから、急速に広まりました。その人に合った薬を、適切な量で投与する。これが現代の医療のあり方になってきています。

ー がんペプチドワクチン療法について教えていただけますか?あわせて、ワクチンに関する我々のリテラシーについてもご意見をお聞かせください。

まず、現在注目されているがんの免疫療法についてお話しします。オプジーボやキイトルーダなどの薬は、直接がん細胞を攻撃するのではなく、患者さんの免疫力を高めます。しかし、効果がある人はまだ10〜30%程度に限られています。がん細胞には遺伝子の異常が蓄積しています。最新の遺伝子解析技術を使えば、がん細胞に特有の遺伝子変異を特定できます。平均して50〜100箇所ほどの変異が見つかります。

ー 遺伝子変異の情報をどのように治療に活用するのでしょうか?

変異した部分を含むペプチドを作り、ワクチンとして注射することで、がんに対する特異的な免疫力を高めることができます。アメリカでは、mRNAを使ってがん細胞だけを攻撃する免疫を高める治療法の研究が進んでいます。最近の研究では、免疫力が十分に高まった患者さんは2年間再発がなかったというデータもあります。がん細胞に対する特別な免疫力を高められれば、これまで治療が難しいと言われていたがんでも治せる可能性が出てきています。

私の予測では、10年以内に100人中85人のがんは早期発見と完全治療が可能になると思います。ただし、発見が難しいがんや急速に進行するがんなど、一部のケースは依然として課題が残るでしょう。日本の医療研究は、患者の苦痛を軽減しつつ生存期間を延ばすことに重点を置いていますが、私はもっと積極的に治癒を目指すべきだと考えています。国際的な地位向上のためにも、医療分野での貢献を進めていく必要があります。しかし、制度上の問題もあり、実現には課題があるのが現状です。

ー また、例えば、ゲノム医療等、革新的な技術を広く一般的な医療に普及させるために、どのような社会的アプローチや技術的イノベーションが必要になってくるでしょうか?

ITやデジタル技術の整備が非常に重要だと考えています。ゲノム医療以外にも、診断ミスや薬の出し間違いなど、簡単なヒューマンエラーはデジタル技術を活用すれば容易に防ぐことができます。目指すべきゴールを明確にし、些細な議論ではなく大きな視点で日本の医療改革に取り組む必要があります。例えば、デジタル環境で医療を受けられるようになれば、医療の質が向上し、誰もが質の高い医療を受けられるようになるでしょう。

例えば、薬の出し間違いなどのエラーを含めると、年間約1兆円が無駄になっていると推測されます。この1兆円を投資してシステムを整備すれば、翌年からその無駄がなくなり、2年目以降は1兆円の利益が出ることになります。このような大胆な発想が日本には必要です。10年先のIT、AI、生成AIを活用した医療制度を想定し、そこからマイルストーンを設定して段階的に実現していくべきです。

若い世代の方々に期待しています。例えば、1兆円規模の資金を集めて日本の医療を変革するような大きな動きがあってもいいのではないでしょうか。私個人としては、そのような取り組みを願っています。

ー 本日は貴重なお時間をいただきまして、本当にありがとうございました!


ゲストプロフィール

中村 祐輔(なかむら・ゆうすけ)
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長
東京大学名誉教授、シカゴ大学名誉教授。

1977年 大阪大学医学部卒業、病気の解明や治療に役立つ遺伝子マーカーを発見し、「ゲノム医療」を牽引してきた。 東京大学医科学研究所分子病態研究施設教授、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター長・教授、理化学研究所ゲノム医科学研究センター長、独立行政法人国立がん研究センター研究所所長、内閣官房医療イノベーション室長、シカゴ大学医学部血液・腫瘍内科教授・個別化医療センター副センター長、公益財団法人がん研究会 がんプレシジョン医療研究センター所長等を歴任、2022年より現職。原著英文論文は1,550編以上、その引用件数は200,500回を超える。2020年クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞を受賞した。令和3年度の文化功労者に選出された。ノーベル生理学・医学賞候補にも挙がる