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25th November 2025

Why You Implement It — and What You Aim to Change

大切なのは「なぜ導入するのか」「何を変えたいのか」
『AIエージェントの教科書』──100点を捨て、200点、300点を目指す

Special Guest:OZAWA KENSUKE

スペシャルゲスト:小澤 健祐さま / 一般社団法人AICX協会 代表理事


ー 本日は「AIエージェント」を、クロスイノベーションのテーマとして取り上げてまいります。本日のスペシャルゲストは、一般社団法人AICX協会 代表理事の小澤健祐さんです。先ごろ『AIエージェントの教科書 現場の業務を根底から改善する最先端ノウハウ』をご出版されました。まず、このタイミングで『AIエージェントの教科書』を書かれた執筆の思いを伺ってもよろしいでしょうか。

はい、ありがとうございます。今回、この『AIエージェントの教科書』というタイトルにした理由にもつながるのですが、2024年以降、多くの方がChatGPTだったり、GoogleのGeminiのような生成AIを使うようになってきましたよね。ただ、世の中を見渡してみると、「ちゃんと会社の変革につながっている」ケースが、実はかなり少ないんです。

なぜかというと、これまでの生成AIの議論は「どうやって指示を出すか」、いわゆるプロンプトエンジニアリングばかりが注目されてきたからです。

一方で、「組織がどう変わらなければいけないのか」「会社のあり方がどう変わらなきゃいけないのか」という視点が、ほとんど議論されてこなかった。

そこで今回の『AIエージェントの教科書』では、いわゆるシステム論だけではなく、
●経営がどう変わらなければいけないのか
●組織がどう変わらなければいけないのか
●その上で、AIエージェントというシステムはどういうものなのか
といった、いくつかの視点からAIという技術を捉えられるように設計しています。

これからAIエージェントを導入したい企業の方にとって、単なる技術書ではなく、「会社をどう変えていくのか」を一緒に考えられる一冊になっているのではないか、と思っています。

ー 本書では、「根深い分断を超え、AI分野そのものを再定義する」というミッションが掲げられています。AIエージェントの登場によって、DXはついに最終局面を迎え、真の変革のステージへ入っていく──と、非常に力強いメッセージが書かれていますが、まずは「いまは分断している状態にある」と考えたほうがよい、ということでしょうか。

まさに今、生成AIの活用がうまくいっている会社というのは、「人事戦略をどうしていくのか」「経営戦略の中にどう組み込むのか」といった具合に、先ほどお話ししたように、いろんな視点からAIを捉えられている会社なんですね。

一方で、ほとんどの会社は「現場でとりあえず使ってみよう」ぐらいの感覚なんです。そうなるとよくあるのが、企画のアイデア出しに使うとか、要約に使うとか──ちょっと言葉は悪いかもしれませんが、「ほんの少し便利になった程度」の使い方にとどまってしまっている。

ただ、これからAIエージェントや生成AIに向き合ううえで本当に重要なのは、極論を言えば「新卒採用をこのまま続けるべきか」とか、「売上のトップラインをどう伸ばすのか」といった、経営や組織の根幹にAIの戦略を統合していくことなんです。

ここに大きな分断があると感じていて、私はそれを「情シスと人事の分断」と呼んでいます。これまでのAI活用は、どうしても情報システム部門やDX推進部門が主導してきましたよね。でも、もうそういう時代ではない。

もちろん情シスがAI導入を進めてもいいのですが、同時に
●現場はどうするのか
●人事はどうするのか
●経営層はどうするのか
──すべての部門がAIに関わっていく時代にならないと、これからのAI導入はうまくいかないと思っています。そこに大きな分断があるのではないか、という問題意識が根底にあります。

ー 経営課題が曖昧なまま「とりあえずAIを入れてみよう」というケースが多いですが、まず課題を明確にできれば、業務効率も売上も大きく改善できるはずだと感じています。私が携わっている医療・福祉業界でも「できそうだけれど、どう始めればいいか分からない」という声が多いので、今日のお話がそのモヤモヤを解消する一歩になれば嬉しいです。

いや、本当に今おっしゃっていたことがすべてだと思います。

私は最近「導入のその先へ」とよく言っているのですが、AIを導入すること自体は、もはや当たり前なんですよね。ただ、多くの会社は要約や企画の下書きなどに使って「活用率80%です!」と満足してしまっている。

でも本質はそこではなくて、「生成AIを活用したことで、どれだけ売上が伸びたのか」「どれだけ創造的な仕事に時間を使えるようになったのか」という問いに向き合わなければいけない。にもかかわらず、「導入して満足」で止まっている会社が非常に多いと感じています。

これを一段引き上げていくためには、先ほど共感いただいたように、情シスだけが担うのではなく、「組織をどう変えるのか」「本当に人を減らすのかどうか」といった、本質的な議論まで踏み込まなければいけない。ここが、これからの会社経営にとって非常に重要な論点だと思っています。

ー 本書ではAIを「DXの最終局面」と位置づけ、効率化を超えた“真の変革”へ進むものだと示されています。100点を120点にするのではなく、200点・300点という評価軸そのものが変わる世界。組織知識統合システムや複数シナリオのシミュレーションなど、示唆的な概念も多く登場します。こうした“不可逆の時代”が来る中で、「これがAIエージェントなんだ」とまず知ることが大切だということですよね。

そうですね。私はよく「100点」の話をします。

多くの人は、上司から与えられた“テスト用紙”で100点を取るような仕事の仕方をしているんです。つまり、自分で問いを定義するのではなく、上から与えられた問題で100点を取ることが目標になってしまっている。

日本の教育を振り返ると、自分で問いを立てる経験って、自由研究くらいしかなかったりしますよね。東大生のような優秀な人たちでさえ、高校まで「自分で問いを立てて研究する」プロセスをほとんど経験していない。そうなると、どうしても「上限が決まった枠の中で頑張る」発想になりがちなんです。

今、多くの人は「上司から与えられた目標を達成するために、分からないことがあったら生成AIに聞いてみる」という使い方にとどまっています。でも、私が言いたいのは、「そもそもこのテストの問い自体を、もっと大きくできないか?」という視点なんです。

同じ100点のテストでも、問いの立て方や見方を変えれば、200点分くらいの価値を生み出す回答ができるかもしれない。そういう人が生成AIを使えば、付加価値は大きく高まっていくはずです。

一方で、現場に入っていくと、「分からないことを調べる」「議事録を要約する」「とりあえずアイデア出しに使う」といった、誰もが思いつくような活用方法にとどまってしまっているケースが非常に多い。それでは、生成AIはただの“カンニングツール”で、上限が決まった活用にしかなりません。ここをどう乗り越えるかが、これからすごく重要な論点になると思っています。

ー 導入から活用、そして大きな変革へ──その流れの中で「最初の一歩はどこから始めるべきか」と迷う方も多いと思います。AIエージェントが不可逆な流れである今、まずどこから踏み出せばいいのか、改めて教えていただけますか。

はい。私は「組織のあり方を変える方が先」だと思っています。具体的には、人事制度や評価・報酬のあり方ですね。たとえば、生成AIを使ってアウトプットが増えるのであれば、その分、給料を上げた方がいい。逆に、生成AIで業務効率が大きく上がったのであれば、その人だけ週3勤務にしてあげてもいいわけです。

そうすると、生成AIを使うモチベーションになりますよね。結局、人事制度を変えるのがいちばん早い。ある意味、所詮はお金の話でもあるので、そこを変えることが大きなテコになると考えています。

とはいえ、すぐに人事制度を変えられない会社も多いので、今私がよくご一緒しているのは「パイロットプロジェクト」を作るやり方です。個人レベルなら「まず生成AIを触ってみましょう」で済むのですが、それでは組織変革にはつながりません。

組織変革を考えるなら、最初の一歩は研修ではなく、全社から20〜30人ほどの有志を集めて「AIエージェントを実際に使ってみるチーム」をつくること。そこで小さくても良いので、具体的な成果を出していく。そうした“小さな組織変革”から始めていくのがおすすめです。

ー 現場の課題と生成AIをどう結びつけるか、その実装ノウハウが共有されていないことが大きな問題だと感じています。本当は簡単にできるのに、それが現場に伝わっていないんですよね。課題は大きく3つあります。構造的課題として「AIで何を解決したいのかが曖昧」、行動的課題として「『導入は大変』という思い込み」、環境的課題として「業種に合うツールが少なく、成功体験が積み上がらない」。こうした課題をどう乗り越えるかが、生成AI普及の第一歩だと思っています。

そうですね。実装そのもの、開発そのものはだいぶ簡単になってきていると思います。おっしゃっていた“成功体験”は、まさにキーポイントで、最近「クイックウィン」という言葉もよく聞くようになりましたが、「ChatGPTを使って生活が変わった」と実感している人は、まだそれほど多くない気がしているんですね。

その実感をどうつくるかが大事で、1日のガッツリしたワークショップなどをやると、参加者にかなり感動してもらえたり、それを起爆剤に組織が変わり始めるケースもあります。

ー 生活が変わる実感を持てるかどうか──そこが大事ですよね。まずは小さなプロトタイプで「これ便利だ」と感じられれば、人事制度の見直しなど大きな変化にもつながっていきます。本書でも、紙の電子化→業務のデジタル化→事業モデルの変革というDXの歴史が整理され、どの段階でも「仕事が変わった」という実感がありました。いま私たちはその次のステージにいるからこそ、「自分たちはどの位置にいるのか」を理解し、AIエージェントの視点から逆算して組織として議論していく必要がある、ということですね。

はい。今のデジタイゼーション、デジタライゼーションのお話とも関係しますが、AIエージェントは、そもそもデータがないと何もできません。

たとえば、AIエージェントが勝手に営業メールを送ってくれる世界を想像してみてください。社内の商品情報だけでなく、業界トレンドなど外部の情報にもアクセスできないと、魅力的な営業メールは作れないですよね。

また、商談準備をするときも、インターネット上の情報だけで取引先を完全に理解することはできません。社内に蓄積されている取引履歴や、過去のヒアリング議事録などの情報が必要になります。そう考えると、「要約や調査だけで終わっている」という現状は、裏を返せば「社内データとAIエージェントをつなげていない」状態とも言えるわけです。

これから重要になるのは、社内データの整備です。私はこれを「AIエージェントのコンテキスト(文脈)の整備」と呼んでいます。タスクの文脈をきちんと理解しているエージェントであれば、営業だけでなく、人事であればスカウト送信など、さまざまな業務をきちんとこなせるようになります。

ただし、最初から完璧なデータ整備を目指すと、本当に終わらないプロジェクトになってしまう。そこで私は、「鶏か卵かではなく、まずひよこをつくりましょう」とよくお話ししています。

まず、営業メールを送るエージェントをひとつ作ってみる。すると、「このデータが足りない」「この情報がないと精度が出ない」といった不足が見えてきます。そこから、「じゃあ顧客データベースとつながなきゃね」といった形で、少しずつコンテキストを広げていけばいい。

データの整備が大事なのは2010年代からずっと言われてきましたが、これからはそれに加えて、「どうやって小さな成功体験(クイックウィン)を積み上げるか」が、より一層求められていると思います。

ー 2022年11月にChatGPTが登場して以来、GoogleのGeminiやAnthropicなど、次々と新しいサービスが出てきました。「何を使えばいいのか」「どのサービスでプロジェクトを始めればいいのか」と、少し“交通整理”が必要な状況にも見えます。かつてのSaaSブームでは「SaaS疲れ」という言葉もありましたが、このあたり、どう考えればよいでしょうか。

私は「全部追いかけなくていい」と思っています。最近よくお伝えしているのは、「GoogleならGoogle」「MicrosoftならMicrosoft」で、とりあえず一つの環境の中でやり切ることが大事、ということです。

毎週のようにいろんなツールが出てきますが、結局GoogleやMicrosoftも、時間がたてば似たような機能を出してきます。であれば、Google WorkspaceやMicrosoft 365のような、今手元にある環境をまずは使い切ることに集中したほうがいい。

これらの環境には、データを格納するストレージ(GoogleドライブやOneDrive)があり、簡単なエージェントをつくる機能も揃っています。ChatGPTならGPTs、GeminiならGeminiのエージェント機能、Microsoft 365ならCopilotエージェントですね。

ですから、「まずは今社内で使っているGoogleかMicrosoftの環境で、小さなエージェントをつくってみる」。この“ちっちゃな成功体験”を積み重ねることが、いちばんの近道だと思います。

ー 成功体験を積みながら次のステップへ進む。そのプロセスを示してくれるのが『AIエージェントの教科書』だと思います。現場を根底から変えたい方にも、これから踏み出したい方にも、大きなヒントになる一冊です。AIエージェントの第一歩は、「なぜ導入するのか」「何を実現したいのか」を明確にし、「AIエージェントと共にどう変わるのか」というビジョンを持つこと。本書はその指針を与えてくれます。組織だけでなく、個人の働き方や成長にもつながる一冊ですね。

そうですね。自分一人の環境で小さな変革ができないのであれば、組織変革なんてできるはずがありません。だからこそ、まず自分の環境下で、ちいさくても何かを作ってみることが大事だと思います。

私自身も、最近はメール返信を含め、ほとんどすべての仕事でAIを使うようになっていますし、飲食店の予約をエージェントに任せてみる、みたいなこともしています。生活は本来、根底から変わっていくはずなんですよね。だからこそ、「まずは決めたツールを使い切ってみる」。これは個人レベルでも、とても大事な一歩だと思います。

ぜひリスナーの皆さんにも、生成AI活用の最初の一歩を踏み出していただけるようなメッセージを、今日のお話から受け取ってもらえたら嬉しいですね。

ー 本日は、AIエージェントがもたらす大きな変革、そして私たち一人ひとりの働き方まで広がる未来の可能性について、たくさんの学びをいただきました。まさに今、私たちは変革の入り口に立っているのだと実感します。ぜひ『AIエージェントの教科書』を手に取って読んでみていただければと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました!