Special Guest:SHIMIZU YUICHIRO
スペシャルゲスト:志水 雄一郎さま / フォースタートアップス株式会社 代表取締役社長
かつての日本は繊維産業で勝っていましたが、ある時に自動車産業で勝つぞという国家戦略を立てました。もともと繊維産業にいた事業者ですら自動車産業や周辺産業に軸足を移し、それが日本のビッグウェーブを生み出したことは事実だと思います。
今、世界ではスタートアップの議論が進んでいます。日本ではよく「ユニコーン」という言葉が使われますが、世界ではユニコーンどころか「デカコーン」、さらにはNVIDIAの時価総額が一時800兆円を超えたように、どうやって1000兆円の頂(いただき)を取るのかという議論になっているのです。でも日本での議論はいまだに「ユニコーンをどう作るか」というレベルです。ユニコーンは1000億円ですが、世界が目指しているのは1000兆円です。基準が全く違います。一桁違うならまだ届きますが、四桁も違うのです。世界はそれほど速いスピードで先へ行ってしまっている。
そう考えた時に、例えば政府が掲げる17の投資戦略領域を全部支援するぞと言ったら、それぞれの産業にいる方は嬉しいでしょう。国が予算をつけてくれるわけですから。しかしそれでは負けるのです。全員で勝とうとすれば、結果として全員で負けることになります。
しかし、この「全員で負ける」という感覚を私たちは持てていません。なぜなら日本はまだGDP4位の国家だからです。GDP4位で、私たちはものすごく高い生活水準が担保されていると、どこかで勘違いをしているのかもしれません。日本人の平均年収は400万円台ですが、世界にはその2倍や3倍の平均年収の国家があります。日本はすでにOECD加盟国の平均値以下の生活水準であり、リトアニアの下、ポーランドの上といった具合に、東ヨーロッパと同じ賃金水準なのです。
よく言われる「失われた30年」の間、世界の先進国では賃金水準が1.5倍から2倍に上がっています。もちろん物価の違いはありますが、先進国では給与が上がっているのに、日本だけが上がらなかったのです。それで高止まりしているならまだしも、日本は相対的に貧しくなっています。この生活水準のまま、親や大人は自分の子供たち、これからの世代に胸を張って「私たちは世界で最も豊かな国家、豊かな家庭を作っているんだ」と言える人がどれだけいるでしょうか。今やっていることは「世界を見るな、聞くな、この国の中ではいい生活を提供しているよ」と言っているだけの閉じた社会のような気がします。
イーロン・マスクやザッカーバーグ、サム・アルトマンといった人たちは、身長が10メートルあるわけでも、脳にスーパーコンピューターが繋がっているわけでもありません。私たちと全く違う生物がイノベーションを起こしているのではなく、ほぼ全ては後天的な努力の差なのです。環境や経験や情報を持ち、自分が何を果たすのかを考えた結果、それがスペースXになりテスラになり、NVIDIAが生まれたりしているわけです。私たちにもできるはずなんです。ただ、できることを知らないか、挑戦することをしていないだけかもしれません。
このあたりを日本人全体が理解する必要があります。同じ人間がやっていることが、世界ではものすごく発展しているのです。日本は大企業至上主義という前提で動いていますが、世界はイノベーション至上主義で動いています。
確かに日本は安心で安全でご飯も美味しい素晴らしい環境です。美味しいものが安く食べられてテロも起きていません。しかし一部の報道や文書では、ロシアがウクライナへの侵攻前に日本への攻撃を議論していたとも言われています。真偽は定かではありませんが、私たちの安心安全は潜在的リスクを内包しているのです。こんな状況で、私たちは本当に子供たちや後輩たちを幸せにできるのか。もう一度考えた時に、私たちは何を果たすべきなのかを決めるべきです。
このまま行けば少子高齢化で労働人口は最盛期の半分になり、生産性は世界の中でも低いままです。内需がしぼむ中で外貨を獲得できる新産業も育っていません。大企業もスタートアップもまだ力がなく、なんとなく内需があるから大丈夫だと思っている。そういった要素を掛け合わせて未来を見ると、ゴールドマンサックスのデータにあるように、日本は韓国より下の12位くらいまで落ちていく予測があります。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、「24時間戦えますか」というCMが流れていた時代もありました。しかしいつの間にか働き方改革によって、パートタイマーまで含めると先進国で最も働かない国民になってしまいました。ワークライフバランスを叫ぶのは、生産性が高く外貨を獲得できる新産業を作ってからにすべきでした。それがない中で叫んでしまったから、競争力を失っているのです。その結果として、これだけ低い生活水準になってしまっている。
だからこそ本来ならば、世界が1000兆円の話をしている時代に、すべての産業で勝とうとするのではなく、国の力を合わせて一つの強い産業を作るという「選択と集中」がとても大事なのだと思います。
どの産業で勝つかはみんなで決めるべきであり、もっと言えばトップが決断すべきだと思っています。最近よく議論されている領域で言えば、一つは「デュアルユースなディフェンステック」でどうやって日本が勝っていくかという話があります。デュアルユースということは民生でも使えて、かつ防衛にも使える技術ということです。ディフェンステックというと、サイバー空間であればセキュリティになりますし、宇宙となれば衛星ビジネスやロケット、宇宙通信、あるいは月などの資源開発にもつながるかもしれません。そういった領域まで含めた未来において、私たち日本が競争力を持つため、あるいは競争力だけでなく防衛を強化するためには、そのデュアルユースなディフェンステックをどう作っていくかが議論の焦点になるでしょう。
また、ちょうど昨日のことですが、以前の日本ベンチャーキャピタル協会会長でありインキュベートファンド代表パートナーの赤浦さんと広島出張をご一緒し、広島県の皆様といろいろ対話をしました。そこで話題に上がり、まさしくその通りだと思ったのが半導体の話です。世界は今、半導体をどう取れるかという議論をしています。かつての半導体業界は世界のトップ10のほとんどが日本企業で占められていましたが、今はトップ10の中に日本企業はゼロです。
しかし、次がAIだ、ロボットだと技術が進んでいく中で、半導体はあらゆる場面で使われていきます。であれば、その分野をどうやって本気で作るのかにフォーカスしなければなりません。その際、赤浦さんがおっしゃっていた「一つの会社を作るというよりは、産業集積地をどう作るか」という視点が非常に重要だと思いました。半導体が作られるためには製造装置など様々なものが必要です。これらをどの地域に集中させて産業集積化し、生み出していくのか。これをいかに国家戦略にできるかが一つの鍵ではないかというお話で、私も聞きながら深く納得しました。
先ほど大川さんからもありましたように、産官学民が連携して「何の産業で本当に勝つべきか」を決めるというのは、民間だけでできることではありません。国が持っている資産や競争力は何なのか、国は何で勝ちたいのか。もっと言えば、ただ勝つだけでなく、人類に対してどう貢献する日本であるのか、持続可能な惑星を作るために日本はどんなイノベーションを生み出すのか。そこから逆算していく必要があるのだと思います。
だからこそ大事なのは、いわゆる「骨太の方針」などで、日本はどっちに進むんだ、これで勝つんだということを明確に示すことです。「骨太の方針」は1年に1回示される国家戦略ですが、次に大事なのは、その国家戦略を日本にいる人たちが、外国人も含めて読んだことがあるかということです。ほとんどの人が読んだことがないでしょう。日本がどこへ行こうとしているのか知らないのです。新聞で「どうやらまとまりました」という記事を見て共有されることはあるかもしれませんが、中身までは知られていません。
これを企業経営に置き換えてみてください。自分の会社がどんな方向へ行くのか、今年いくらの予算でやるのかを従業員が知らなくて、うまくいくことがあるでしょうか。ありませんよね。日本国を一つの企業だと捉えるならば、国民は「日本国として何を果たそうとしているのか」「世界に対してどんな国家であるのか」という、誇りに思えるような戦略やビジョンが提示されて初めて動くことができるはずです。そして、その共有のあり方も工夫しなければなりません。
全てを国主導でやるわけではありませんが、国家を運営する側としてのリーダーシップとは、勝手なリーダーシップではなく「共有されたリーダーシップ」であるべきです。みんなに担ぎ上げられるリーダーシップであり、共にやりたいと思えるビジョンを示すこと。その中の一つとして「どんな産業で勝つか」を提示することが必要なのだと思います。
まず前提としてガンジーの言葉に「変えたい未来に自らを変えよ」というものがあります。文句を言っている暇があったら早く成長しろ、成長してその課題の解決にコミットせよと言っているわけです。20代や30代の頃の私は正直なところそれがピンときていませんでした。ただ私も今年で53歳になり人生の後半戦になればなるほど、自分の人生に残されたコミットできる時間が減っていく中で、どれだけ社会や未来を愛する人たちのために変えられるのか。時間が有限であるからこそもっとコミットしなければいけないという意識が高まった時に、初めてガンジーはいいことを言っていたんだなと思ったのです。
この言葉の背景には二つの観点があると思っています。一つは人の無限大の可能性です。何にでもなれるしどんな課題にも向き合える。でも一人ではできず大きな課題であればあるほど仲間と共にしか解決ができません。もう一つは不幸にも何らかの理由で亡くなっていく方々がおられる中で、今も生を受け続けられている私たちには何か理由があるということです。そこに生を受けているのであれば一生懸命生きなさいということだと思うのです。
では一生懸命生きるとはどういうことなのか。そこを背景に考えた時、データドリブンで見てもアントレプレナー(起業家)は世界ナンバーワンのブライトキャリアだと思うのです。世界トップティアの大学に行けば行くほど卒業生の半分はアントレプレナーになります。教育がそうさせているのかもしれませんし友人がみんな起業しているから自分もやるべきだと思うのかもしれません。鶏が先か卵が先かの議論は置いておいて、事実として世界ナンバーワンのブライトキャリアはアントレプレナーなのです。
アントレプレナーは自らの言霊でミッション・ビジョン・バリューを語り仲間を集わせます。その上で時代のマーケットや組織開発手法に合わせて組織を作りプロダクトを作り、大事なことはちゃんと売上を上げることです。そしてもう一つ大事なことは利益を上げることだと思うのです。利益を上げなくていいという議論もよくありますが、私は勝つ人はちゃんと税金を納めるべきだと思っています。なぜなら街が綺麗なのも病院があるのも公立学校が存在するのも税金で成り立っているからです。おそらくハードシングスを乗り越えて時代を代表する会社を作っていくその仕事自体も大きな雇用を創出する素晴らしいものです。さらにそういった成功された方々はエンジェル投資のみならず、その先にある基金を作ったり寄付したり学校を再生させたりすることにお金を費やしています。本当の成功者や「粋(いき)」な人たちをどう作るかはめちゃくちゃ大事なことだと思うのです。
そこに意志を持って取り組まれている人たちをどう社会で応援するかが重要です。でもその人たちはみんな最初から起業したかというとそんなことはありません。アメリカのハーバード・ビジネス・レビューのデータで5年で1000分の1の成功を果たす人たちの挑戦は何歳から始めたかを見ると、平均年齢は45歳なんです。量的に多いのは40代、次に30代ですが、成功確率が一番高いのは50代でその次は40代なんです。60代からの勝負でも全体の6%ぐらいを占めています。
データを見ていくと分かりますが、世界ナンバーワンのブライトキャリアであるアントレプレナーを目指す瞬間というのは、日本でイメージされるような「若い人たちがサークルっぽくやるもの」ではありません。その産業にじっくり関わってきて、その産業の「負」が何かをちゃんと理解した上で、課題解決をより早いタイミングで仕掛けていく。再現性と勝ち筋を持って勝負し、自分に残された時間をカウントダウンしながら「今やるしかない」と始めるのがアントレプレナーであり起業なのです。そういったものをどう人類として、そして自分の人生として表現するか。ここに挑戦することは本当に素晴らしいことです。
しかし日本の親や学校やヘッドハンターが、「あなたは優秀でリーダーたる能力も持っているエリートだ。だからこそソニーやトヨタを超えるような会社を企業オーナーとして作ることが人生の大事な使命だ」と言ってくれるでしょうか。今やソニーやトヨタでさえ世界のトップティア企業に比べたら企業価値の桁が数桁違います。「もっと先に行く学びを得て挑戦するのがお前の使命だよ」と言える親や大人がどれだけいるかといえば、いないのです。だから知る由もないのです。
できる限りより良い親や大人やHRの会社が、「世界ナンバーワンのブライトキャリアとは何か」「人にはどんなことができるのか」を伝えていくべきです。自分の子供や周囲の人に世界ナンバーワンのブライトキャリアを目指させていくことが本来重要なのに、やれていなかった。私はそこに対して自分自身の過去に反省をしているのです。
「日本人がイノベーティブではない、挑戦的ではない」という議論がよくありますが、私はそれは嘘だと思っています。だってソニーはどれほどイノベーティブな商品で世界を席巻したでしょうか。音楽は家の中でしか聴けないものだと思われていた常識を覆し、ウォークマンを作り出して「音楽は街を歩きながら持ち歩けるものだ」と定義した。こんなイノベーティブなものを誰が作ったのでしょうか。
日本の会社が作りました。フォードやGMが強かった自動車マーケットの中で、トヨタはどこに乗り込みましたか。最大の市場であるアメリカに乗り込み、そこでナンバーワンの商材を生み出し、徹底的に売ったのです。その結果、世界ナンバーワンの自動車メーカーを作り出しました。めちゃくちゃ簡単ではないことに対して、勝負をしていたのだと思うのです。
もっと言うと、これは賛否あるでしょうけれど、昔の戦争の時には国のために命をかけた人たちもいたくらいの国家です。だから私は、日本というのは常に挑戦的で、何かテーマさえ持てば、そのテーマに対して真摯に向き合い前に進む人たちだと思うのです。
だから改めて言いたいのは、「どんな時代を私たちは作るべきなのか」というテーマ設定がないように思えるということです。それさえあれば、日本は強いと思います。
これもデータから見てみます。経済産業省がよく発表しているものですが、日本とアメリカの違いは何か。例えばS&PとTOPIXの違いを見てみると、トヨタやソニーの成長と、IBM、GE、GMといった既存産業の成長率は変わらないのです。つまりその部分においては、アメリカの大企業も日本の大企業も、この「失われた30年、35年」の成長は何も変わらないということです。
では何が違うのかと言えば、GAFAMを頂点とした新産業の分が違うだけなんです。それが賃金水準の差となり、倍の生活水準を生み出しているのです。新産業が何を生み出すかというと、もちろん人類にイノベーションを提供するということもありますが、実は大きな雇用を創出しているのです。何もないところから一人のリーダーが「俺のもとへ集え、私のもとに集いなさい」と声を上げ、そこから人が集い一大産業になっていくわけですから、そこには大きな雇用が生まれるのです。
アメリカでは既存産業と新産業が人を争って奪い合う「ウォー・フォー・タレント」の時代になっています。強い新産業による雇用は、かつて岸田政権がおっしゃっていた「構造的賃上げ」につながります。一過性のものではない、持続可能性のある構造的賃上げです。これが賃金水準を1.5倍から2倍に引き上げていった一つの理由だと言われています。
だから日本が生活水準を上げていくための一つの方法論は、経済団体や連合、ユニオンが「賃金を上げろ」と叫ぶことではありません。必然的に競争力のある会社や産業に人が集まるのは、賃金が上がっていくからです。逆に負ける会社は賃金を上げられないから人が取れない。この競争がどうやって産業界に起きるのか、というのがキーだと私は思っています。
しかし、そういう強い産業を作るために何が大事かというと、そこには人やお金などの資源の集中が必要なんです。そのための仕組みづくりをどう行うかが非常に重要なテーマであり、これを今どうやって推進するかを、政府も民間とも連動しながら議論している。今はそんなタイミングなのだと思います。
僕は40歳の頃に窓際族のおじさんになってしまったんです。理由は様々ありますが、その時にお暇をいただいていたので自分の半生を振り返ってみました。確かに皆様もご活用されているかもしれない転職サイト「DODA(デューダ)」は僕が生みの親です。ただしこういうことに気がついたんです。日本のHR産業は世界の中で最も伸びた産業の一つです。人が働いて収入を得て生活するこの方程式を支援することは、とても正義のビジネスだとも思っていますし、とても大事なことだと思っています。
しかしその支援をする会社が世界で最も伸びた国である日本なのに、日本人の生活水準は上がらないのです。人が集った企業は勝たない、企業が集った国は勝たない。これは何なんだと。こういう逆相関なんだと。HR産業が伸びれば伸びるほど、人や企業や国は幸福ではないのです。なぜこの循環が起きているのかなといろいろ考えていた時に、一つ見えたのがこれなんです。
目の前に孫正義さんのような人間がいるとします。でも日本の環境だと、親からの教育からも学校の教育からも自分の可能性を知らない。この人のキャリア相談に乗った時にどう答えるのか。一般的なヘッドハンターだったら「優秀ですね。コンサルティングファームで戦略コンサルタントのポジションがあるので、今週受験されませんか」と言う可能性があります。そして年収はとても高いと思います。でも本来、孫正義になれる可能性のある人であれば、個人資産を数兆円作れるんです。その人に「年収2000万円で転職しましょう」と言っているわけです。これは個人向け経済犯罪ですよ。この人は雇用を数十万人作れる人です。その人に「雇われろ」と言っているんです。これは社会に対する経済犯罪です。この人は人類にイノベーションを起こせる人です。なのに「目の前の顧客の課題解決をせよ」と言われているんです。これは未来への経済犯罪ですよ。
そういうことを繰り返してきた歴史のように感じて、僕は自分の反省を振り返ったんです。だってみんながやっていることは、どこが人を採っているか、どこが採用予算を持っているか、それで営業しているだけなんですから。本来は、国はどんな競争力を持つべきで、人類に対してどんなイノベーションで貢献すべきで、それはどんな産業で構成されて、どんな会社で構成され、そこでは人を動かすのか、リスキリングさせるのか。だからこそ何をすべきだということを、ちゃんと国家と連動しながら考えるべきでしたが、そんなことはしていなかったのです。
だから改めて僕は、人に無限大の可能性がある、人は何にでもなれるということを表現しよう、実現しようと思った時に、やっぱりアントレプレナーをどう生み出すのかが重要だと考えました。そして日米の違いを見た時に、どうやら新産業分がいわゆる国の競争力や人の生活水準を構成する重要な要素になるんだなと見えてきたので、既存のHR産業が新産業を作らないのであれば、思い切ってそこを作るための役回りをやらなければいけないんだなと思って動き始めたというのが根幹にあります。
僕は中高のクラスメイトが孫泰蔵と堀江貴文なんですよね。同じ机を並べていたメンバーがやっぱり大学時代から勝負して、世界の物差しで見たって一つの成功者の部類に入っている。僕はそういう存在を、自分が挑戦していない時は疎ましく感じていました。だって同じ机を並べていた同じ人なのに、随分その後の人生が変わるんですもの。でも窓際族になった後、新産業を作ろうと思った時に彼らに向き合ったら、彼らの素晴らしさが見えてきました。彼らは挑戦しているんです。社会や未来を変えようとしているんです。
そういう挑戦者の応援をできない社会だとしたならば、これは人の可能性を前向きに捉えていないことになります。やっぱり彼らこそ応援すべきです。だって私たちの生活が豊かになるんですから。もっと言うと、私たちだけじゃなくて、私たちが残している子供たちの未来が豊かになっていくんですから。だから応援しなきゃいけないんですよ。そこに人が集うこと、これもとても大事だと思っているので、僕の思考性はやっぱりそこから来ているんだと思いますね。
そうですね。41歳から44歳までヘッドハンターとして活動して、もう一回自分の人生を取り戻したいと思って、多分日本で一番「量」を追ったヘッドハンターだったと思います。日本で一番量を追ったからこそ、私でも日本ナンバーワンのヘッドハンターになれた。でもそれは、やっぱり自分の人生を取り戻したいという覚悟があったからこそ、その量を追えたのだと思います。
その時に、日本を代表する投資家や起業家の皆さんと出会い、挑戦の尊さや難しさ、そして成長していく時にそれを共に喜び合える環境に触れました。そういったことを踏まえて、その先にある世界の本当の挑戦者とも出会える場ができていったのです。
挑戦すると、その先にある人類の素晴らしさや可能性にたくさん触れられる機会がありますが、目の前で見れば彼らも「ただの人」ですよ。家族を愛し、興味あることに嬉しいと思い、難しいことがあったら悲しい、きついと感じる、ただの人なんです。でも、その同じ人が挑戦して世界のイノベーションを作っている。
だったら自分たちにもできるし、自分にもできるかもしれないと思って挑戦しているのが、現在のフォースタートアップスグループであり、その周りのスタートアップ・エコシステムなのです。だから私は生を受けている限り、それを作り続けるための意思と覚悟と責任があると思っていますので、これを実行する半生にしたいなと思っています。
私はとても古い人間かもしれませんが、確かにSNSなどで色々な方と繋がれば、自分の目の前に上がってくるタイムラインには、ある意味そういう人たちが何を考えどう行動したかというのが集約された内容が流れてきます。それを見てインプットと捉える人もいるのでしょうけれど、やっぱりそこには見えないものがあります。そのメッセージを出す時にどんな温度感なのか、何を考えているのか。あるいは晴れの場で喋っているからこそ、普段はどんな感じなのかといったことです。
やっぱりそれを体感・体験する場所として、僕はカンファレンスや様々なコミュニティに参加して、日本のトップや世界のトップの人が何を考えているのかを知ることが大切です。そしてよく見れば「目の前で見るとただの人だな」と感じることが、ものすごく大事だと思うのです。
あとは、できれば若い人と会って若くて挑戦している人と話をすることよりも、僕が大事だなと思っていることがあります。日本は平均年齢49歳の国家ですから、やっぱり40代、50代、60代で挑戦している人たちと会うことです。同年代と会った時に、自分はもう人生FIRE(早期リタイア)しようとしているとか、もうそろそろ退任だなとお考えの方も多数おられると思います。でも、人生は90年、100年と続くわけです。ということは、人生二毛作目、三毛作目でもう一度輝くぞという気概が必要です。医療費や介護費はいらないぞ、自分たちは元気で若い人たちに支えられるのではなく、自分たちで経済圏を作ってちゃんと生活するぞという、そんな動きがまた出てくるとより良いなと私は思っています。
前提として僕は性善説なのだと思います。性悪説タイプではないと思います。やっぱり先ほどもお話ししたように、私は人生の後半戦でやっと手が届いたというか、まだ「挑戦権」を得たばかりだと思っているんですよね。人が何ができるのか、人が生きるということの素晴らしさをどう享受できるか、その挑戦権をやっと後半戦で得られたという感覚なんです。
だから実は僕はまだまだインプットが足りないのです。インプットも足りないし経験もまだ浅いと思っていて、さらにインプットと経験も含めて、これから存分に楽しめるフェーズなんだと思っています。だから人生捨てたもんじゃないですよね。いつからでも変えられるし、挑戦こそアンチエイジングですから。自分自身が若く生きたい、1年でも多く自分が輝いていたいと思えば、やっぱりインプットは欠かせません。そしてより良い仲間と共に未来をどう作るかを考えなければいけないのです。
でも僕自身を振り返れば、普通に就職浪人して就職する先もありませんでした。本当に窓際族のおじさんにもなりました。その時に自分自身がキャリア転向しようと思った時、武装して「俺はイケてるぞ」と言わないと、自分が弱いから未来が切り拓けないのではないかと思って活動したこともあります。だから、ただの人なんですよね。
でも今自分がこうやってメッセージを出せているのはなぜかと言うと、やっぱりそのメッセージを出す源泉となる素晴らしい皆様と出会える機会を、自らが作りに行っているからです。そういう人たちと出会い、その人たちが発するメッセージや思考や思想を纏(まと)って、自分が統合的に考えた時に出しているメッセージが、今日会話しているような内容なのです。だからこそ、どれだけ素晴らしい皆様と肩を組める自分として努力できるか、僕はそれがキーのような気がします。